ただ泣きたくなるの
ここ3か月ほどパートに行くのが辛くてたまらない。今朝もシベリウスのバイオリン協奏曲を聞いていたら、辛くても頑張ってきたこれまでの日々を思い出し涙が出た。
出勤前にどうなってるのか。立派な情緒不安定だ。
理由は仕事が多くてキツイから。今日はこなせるんだろうか、また残業しないと終わらないんだろうかなどと不安で仕方ない。終わらないことを社員さんから怒られたことを思い出すと辛くなる。怒るだけで手伝ってくれることはない。取り残された気分になって悲しくなる。
それ以前から行きたくなさはあった。パートに行き始めてからずっと行く前は心臓がバクバクして動悸がする。吐きそうになる。もう体は行きたくないと言っているのに無理して行く。
行けばまあ朝思っているような出来事はなく淡々と終わる。でも仕事は全力でやらないと日常業務が終わらない。というか定時で上がることなんて月に数えるほどだ。
また最近は上司や同僚とうまくやれるようになった気がする。以前は何されるのかわからず不安で緊張して何も言えなかった。
変わったきっかけは「辞めてもいいんだ」と思うようになったからだ。
代わりのパートは見つからなくても辞める気で出勤したら、なぜか余計な力が抜けていた。すると周りの人が優しくなったりフレンドリーな態度で接してくれるようになったりと随分と私の気持ちも楽になった。
すると次は仕事が回りだす。あまりへんちくりんなミスをしなくなった。叱られることも少なくなった。ミスをしても自分を責めたりせず、笑いに変えることもたまにできるようになった。これも少し気持ちを軽くしてくれる。
でも仕事量は増えた。月末に向けて今までの1.5~2倍くらいの仕事量になる見込みだ。
それでも給料が上がるわけではない。誰に助けを求めていいのかもわからない。内容が変わるだけで不安からは逃れられない。
もう少し今の職場にとどまれば、仕事に慣れて技術も上がってもっと回るようになって気持ちが楽になるんだろうか。
それともさっさと見切りをつけて、もっと時間に余裕が持てそうな職場へ代わるほうが幸せか?
どうしていいかわからなくて、やっぱりまた泣いている。
2回目のワクチン接種でえらい目にあった
先週末、新型コロナワクチンの2回目の接種を受けてきた。私の住む町は接種がかなり遅れていて、8月に2回目が受けることができるのはとても幸運なことだった。
職域接種の枠もあったがこれだと完了するのが10月になってしまう。待っていられない。
そこでパート先にも次の日はお休みするかもですなどと根回しをして臨む。上司は快く送り出してくれた。と思っていた。
接種当日は何事もなく日が暮れた。ああ、やっぱり明日はパートに行かないとならないかな、だって有給休暇はまだつかないから欠勤扱いになりそうだよなぁなどとボヤキつつ眠りに付いた。
ところが次の朝はだるくてならない。一つの動作が完了できない。10歩歩いては休み少し雑巾がけをしては休み。家事なぞ休み休みでないととてもこなせない。
ありがたいことに、この日は夫が有給を取ってくれていたので手伝ってもらいながら朝の家事を終わらせた。
その後もだんだん具合が悪くなっていった。嫌な予感しかなかったので、パート先に休む旨を伝えて床に臥せた。
パートに行かなくていいんだと思ったのがトリガーだったか、だるさの上から体のあちこちが痛くなってきた。主に腰から下が関節やら筋肉やら痛みが出てきた。
どうしようなどと考えているうちに頭も痛くなったので、用意しておいた鎮痛剤を遠慮なく飲む。すると眠気が襲ってきてそのまま寝てしまった。
夫のお昼ご飯できたよ、という一言で一度起きる。打った跡も含めて痛みは薄くなったがあまり食べたいとは思えない。それでも用意してくれた食事を見たらとても美味しそうで全部食べてしまった。
お腹も満たされ痛みも和らぎ、ただダルさだけが抜けきれないでいた。おかげで座っていられない。結局また眠ってしまった。
薬が切れたころ一度目を覚ます。少し体が軽くなった気がしたが、それ以上にひどくのどが渇いた。なんとなく水を飲み、だいぶ副反応もなくなったかと思った瞬間に悪寒が走った。部屋の冷房が寒い。
この日の気温は34℃だったが外の風が心地よい。これは我慢しても得しないと思い、違う解熱剤を飲んだ。そしてまた寝る。
目が覚めたころには日が落ちていた。なんとなくぼんやりしたのも取れてきて、遅くなったがこれから休みを楽しもうかと思う前からお腹が壊れた。もう自分を呪った。
お腹が落ち着いてお風呂に入る。この頃には色んな症状はなくなってやっと落ち着いてきた。ただあまりにも副反応の数が多くて疲れてしまった。こわばった気持ちをお湯に溶かしてまた眠りに付いた。
翌日も少しだるさはあったがこれ以上休むのは気が引けた。とりあえずパートに行く。
すると私が休んだことで私の業務を上司からやるようにと言われた人から突然休むのはやめてくれ、なぜこっちにも連絡をしないのかと苦情がきた。
いや、上司には事前に言ってるんだからその時に指示を出さないあの人が悪いんじゃんとはさすがに言いにくくて、私が謝って済ませた。めんどくさい。
と色々ありすぎて思い出しても疲れてしまった。ほんとはちょっと休みたい。
きっと天職が どこかにあるんだと
ここ最近、いやパートに行き始めてから間もなくからか、ずっとだが辞めたいと思っている。自分から応募しておいて何言ってるんだと呆れるがそう思っている。とみにここ最近は辞めるにはどうするかを考えてばかりいる。
ただ闇雲に辞めてしまうのも知恵がないので次を探しつつとなる。
そこでつい見てしまうのが求人サイト。出勤前に気持ちを盛り上げるために眺めている。いいところなぞ簡単に見つかるはずもなく、今の方がまだましだと自分を慰めてパートへ行く。
面白いなぁと思うのが求人サイトによって得意不得意がかなりはっきりしているところだ。色々と個性があるからいくつもサイトが立っているんだと思う。ただ悲しいことに自分にはこれ、というサイトがまだ見つからない。
いつか天職、というか「面白い」と思える仕事に出会えるんだろうか?
新卒で入った会社はひとから人から勧められて入社試験を受けたら合格してしまった。かなり大手、かつ有名企業だったからという理由でそのまま入社したが人間関係を含んだ労働環境は最悪で、寿退社までひたすら我慢して辞めた。
結婚後同じ会社にパートとして入った。今振り返ればそこそこいい環境だったが、出産直前で辞めてしまった。当時はパートでなくても出産・育児休暇はほぼ取れないし、
勤めたくてもどちらかの親の手(人手という意味での援助)がなければ共働きはできないような時代だった。
そのため20年も専業主婦をやっていた。できれば続けたかったがそうもいかず、お金のために働くことになった。
そういう動機でついた仕事だからつまらないんだよ、なぜ楽しいとか興味のある分野の仕事につかないの?と夫に言われた。
なにきれいごと言ってるの、お金がないから働いてとお願いしてきたのはあなたの方でしょ、と言い返してみたかったが思わずこらえてしまった。彼の言い分はどこか正しいと私も感じているからだ。
と書いてみて「言い返せないから職場で苦しい思いをしながら働いているのかな」とも思った。長いブランクのせいか仕事ができない、覚えられない自分に自信が持てなくていつも何かを我慢している。だから辛いのか。
「お給料は我慢料」という人もいる。それも一理あるだろうが、自分が面白いこと、楽しいこと、興味をもっていることでお金をもらってはいけないのか。
人生の残りが少なくなってきたこの年だから、せめて好きなことで、という願望はまだ持っている。それが非現実的とうっすら知りつつも。
ということでこれからもボヤキながら求人サイトを見続けるのだろう。
いつか何かが見つかるまで。
どうしたらピアノが練習できるんだろう
お他人様から見ると随分長いことピアノを習っている。かれこれ10年以上レッスンに通っている。と書くと上級者のようだが実際はそんなことはなく「永遠の中級者」と化している。卓球でも楽器でも「大人の10年はあてにならない」と言われている通り、本当に上達しない。
パートに出るまではそれなりの練習時間を確保して基礎練習に明け暮れていたこともあった。ハノンやツェルニー、バッハのインベンションなど繰り返し繰り返し弾いていた。
こんなに練習しても憧れのショパンを弾けるようになったのはここ3か月のことだ。
パートに時間を割かれてピアノの練習時間が急に少なくなってからだ。
時間はあったのになんでうまくならないんだろう。以前は才能のせいだと思っていた。今は単にツボを押さえた練習ができてなかっただけじゃないかと思っている。
反復練習は有効な練習方法の一つだと今も思う。ただ、あの頃の私にそれが必須だったのかはわからない。小さな子供ならと思うが、色々とすでに出来上がっている大人にそれは有効だったのか。
そう考えるようになったのはパートに行き始めて時間は有限だと気が付いたからだ。
朝は緊張感マシマシで遅刻しないよう気を使いながら家事のタスクをこなして、夜はくたくたの体で家のことをして終わる。自分の時間は気力と体力の回復に取られて、やりたいことをやる時間はほとんどなくなっている。
生活費の足しを稼ぐことが生活の中心になっている今日この頃、本当に自分がしたいことは何なのか分からなくなっている。あれもしたいこれもしたいとそこそこ思いついても、パートでの疲労が行動力を奪っていく。
パートのおかげで使えるお金は増えたが、時間もやる気もなくなっている。まだ面白いと思えないパートに何かを取られるのは自分の気持ちと反している気がしてならない。だから少しの時間、5分でも10分でもピアノを練習したいと思っている。
ということでここで言い訳するのはやめて、ピアノに向かおう。幸い家のピアノはサイレント機能が付いているから、夜でもまだ弾ける。頑張ろう。
その前に食器を洗って台所を片付けないとならないのだが。
日記の暗さにどん引いた
先ほど記事を一つ書いた。お題は今日の出来事。のはずが読み返したらひどく暗くて、あまりにも表に出せる内容ではなかったので消してしまった。
はじめはパート先でこんなことがあって、という話をするつもりだった。が、今日はすごく忙しくて大変でいろいろあってこんな風に思って…とだんだんエスカレートしてただの愚痴と文句になってしまった。
職場ではいいこぶりっこの私は悪口はもちろん、愚痴や不満も言わないよう心掛けいる。言われるのが辛いからだ。口にしたところで何も変わらないどころか、状況が悪化する経験しかなかったので、こういうことは言わないし、そのためにはそういう風に思ってはいけないものだと考えていた。
でも実際自分でも驚くくらいどす黒い文章が出来上がっていた。
読み返せばどこか気分が悪くなるような内容だが、こんな風に感じて思っていた自分がなぜか好きになった。
どこか人間らしいところも残っていたんだなと感心した。
黒い部分をちゃんと持っていて、それを認める自分がいとおしくなった。
ネットの上でもいい子でいたい私はこれから先もあの日記を晒すことはないけれど、誰にでもいい顔をしている訳じゃないということを再認識できてよかった。
心の中にはほの暗いものを抱えて生きているんだと。
ノートパソコンを買ってみた
ブログを書くぞと息巻いてみたもののやっぱり続かなさそうな感じがしてきた。なんでだろうと考える。
ふと思ったのが「道具が悪い」こと。実は今までスマホで書いていた。
すぐ他人のせいにしてと呆れてみたが、スマホでブログを書くのは効率が悪い気がした。文章の入力もだが、画像の挿入とか編集とかやりにくく感じている。
だからいつか自分用にPCをと思っていた。すると近所でノートパソコンが安売りされていると知り早速見に行った。
お値段はほぼ底値。ネットショップでも中々お目にかかれない価格設定だ。口コミの評判は散々だが所詮ネットとメールが読めればいい、遅くてもブログが書ければ尚良しという気持ちでいたので即購入してしまった。
お値段で買ったものなので見た目は問わないつもりでいる。が、使ってみると見た目通りのもっさり動作であー、やっぱりなぁと思った。
長くは使えないかもなぁ。
それでもこれでなんとかブログを書くハードルが少しでも下がれば当初の目的は達成だ。欲が出るまではこれでやってみよう。